誰にでも出来る作品の見かたーその2

前回の、誰にでも出来る作品の観かたーその1 では作品を鑑賞する際に小難しいことは考えずに感情で受け止めてみてはどうですか?、という提案をさせていただきました。

今回はというと、少し難易度をアップしまして作品を立体的に見るということです。


書道家だったり書家は作品を見るときに作品に隠された微妙な線質から、筆がどのように、どのくらいの速度で、どの角度から、というような動きを読み取ります。二次元のものを見ながら三次元の世界を無意識に創り出そうとします。他の例でいうと、設計者が設計図を見るときには自分の頭の中で設計図から立体を起こす作業をするのと同じです。

が、一般の方はそう簡単にはいきません。


ここまで書いてみて少し気になることがあったので余談をいれます。

書道家と書家の違いってなんだろう?ってこと。

書道とか茶道、華道、柔道、剣道、などの”道”というのは全て仏道」の”道”からとっているというのを読んだことがあります。(それが正しいのかどうかは別として)

私は信仰している宗教はありませんが、釈迦に始まり道元だとか空海親鸞の教えには特に最近になって惹かれるものがあるので「書道家」の方を使おうかな・・・どっちでもいいけど。


で、立体的に見るということですが

ここは、「誰にでも出来る・・・」、というテーマですので付け加えておくとすれば線の”かすれ”を見るということです。

黒い線の中にあるかすれた部分はグレーもしくは白くなっており、それは光彩です。

書作品は白と黒の平面画に見られがちですが実は光と陰が存在しており、しっかりと立体が描かれているわけです。


最近ではもっぱら3D映画やテレビが話題になっていますが、自分の頭の中で立体を創り出そうとする行為が3Dメガネですませられる、ということになると、一時の驚きと感動はあるにせよ右脳は退化してしまうんじゃないかといったいらぬ心配が。

でも逆に、そいうものの反動で道ばたに生えている花やそこで舞っている蝶を見て感動することが増えると良いと思ったりもしますが

なんにせよ人の欲求は果てしないです・・。