『ドキュメンタリー映画 100万回生きた猫』

ソレイユで公開中の『100万回生きた猫』を観ました。ドキュメンタリー映画です。

ブログではこちら で先に取り上げていました。

この映画を見てみると、これまでのキーワードが全部繋がっていました。そして劇中でも、絵本がみんなをつなげていました。

作者の佐野洋子さんも、目で見えないことの大切さを語っていました。先日紹介した「星の王子さま」でもそのことが語られていました。でも作者の生き方は語られなかった。ただ本を読むだけですまされた。サン=テグジュペリさんは戦争で死んでしまったから「星の王子さま」について多くを語ることもなかった。でも彼の思想は彼と関わった人たちにより繋げられ、そして他者により語られてきた。でも作者本人の内側は見えない。それを感じることが見えないことの大切さでもあるのだろう。


今回の映画では、ただそこにある日常がいたるところに見える。それは普通にしていたら関心を向けないような日常も。

しかしドキュメンタリーでありながら肝心の佐野さんの顔は見えない。

「ガンで余命宣告されてからの佐野洋子の最期の日々を記録する」という小谷監督に、顔を映さないという条件を付けたからだ。でも声色は覗えた。佐野さん自身の声は、確かにその生き方を語っていた。そこで淡々と発せられていた彼女の生き方が僕は好きだった。痛快さを感じた。いや、生き方ではなく、死に方といったほうがいいのかもしれない。僕もそうありたいと思っているし。

では、そうあるためにはどうすればいいのか。日常の内側に目を向けることなんだろう。ふつうにしていたら見えない日常の中に入り込む。外側はどうにでも繕えるんだから。


佐野さんの、ガンに対して、そして死に対する考え方は必聴。とても面白いです。おもしろいと言ったら反感を買いそうですが、やっぱりそうですよねと僕的には共感できました。例えば、闘病っていうけど、その「闘う」ということに意味はあるのかというとことか。

いやとにかく、この絵本を子どもに読み聞かせる立場にある人はこの映画を観なければならないと思う。でないと、それはただ外側を読んでいるだけということになりかねない。


今月22日まで地下ソレイユで上映中なのでお早めに。

便利な料金表を貼り付けておきます。


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